はりこ~

検索貼り付けブログ。身勝手ながら基本は個人用の予定。

すべて解決

解決、解決、

 

  すべて解決しました~~~~~~~~~~

 

おしまいに近い貼り付けか・・・

こんな自分のブログを自己否定しそうな展開になってきてて、

それでもまだ貼り付けるのかという話ではありますが、

私としてはかなり面白く感じられたソースを貼り付けておきます。

 

格差関連で、

スタンフォード大学、年収1080万円未満なら授業料無料? : 大学プロデューサーズ・ノート

 

世界で最も貧しい大統領の衝撃的なスピーチとは? | THE NEW CLASSIC [ニュークラシック]

 

 

 

馬鹿っぽく見せてますが、やはりこれは一種の「才能」でしょうね。

アングル:行間読ませる「トランプ話法」の功罪 | ロイター

 

 

 

大意に完全に同意できるかは少し疑問残りますが、かなり含蓄に富んでるなと

示唆される要素多かったです。

金や年収の問題にこだわるのではなく、情報の伝達範囲やその影響の結果などという問題で見ると。あとそれから情報の編集方針とその結果としての現実であるとかね。

年収は「住むところ」で決まる。 | リーディング&カンパニー株式会社

 

 

自己批判について

ブログ中毒とかいう先の話題は、

ダメダメな当ブログをやってる私についての批判であって、

ブログ全般を批判してるわけではありません。(誤解なきよう)

 

自己批判という行為ですが、

それについても、私の場合は非生産的になりやすいので

取り扱いを慎重にすべきだなと最近思ってます。

 

道徳観念を捨てるわけではないので、

後ろ向きになりやすいタイプの自己批判を余りやらなくなっても

それなりに大丈夫かもしれません。

 

こんな低レベルな基礎事項を書き連ねてるというのも、

ダメダメ過ぎると思いますが、

まあ自分への言い聞かせですよねえ。

 

そろそろやはり私としてはブログを閉じるべきかなぁ・・

(何度目だよ?・・・それは内緒。もう少しはまともなブログを以前やってたりもしたんですけどね)

 

まあいいか。いつもながらよかないですが。

ブログ中毒

駄目ブログでも何か書いてればそれでとにかく安心!ってのは

いわゆるブログ中毒なんじゃないの。

 

ブログで何か一角のことを言っては、何者かになったつもりになる。

某キヨハラが薬物をキメては、夜郎自大に自我を拡張してたのと

殆ど変わりないのではないのか。

 

 ・・・などといったテーマで書こうとしたが、何だか疲れてて力尽きる。

それからそのテーマだったとしても、そんなことをブログに書いて

それでまたとりあえず自己満足ってのは、それこそがブログ中毒の典型だろうね。

 

情けないなぁ。

 

う~ん、ブログ断ち、ネットも繋がないってのを

そろそろ実行すべきかな~。

ブログを使い捨てるということ

人格の使い捨てについて、何やら苦言を呈すような批判をしてたわたくしですが
(すぐにその内容のブログを参照できる作りにしてないという事自体手抜き過ぎ)、
このように「まあ貼っておくか」といった手抜き駄目ブログをしたためていたために、
ついにはここに至って、「もうこのブログを使い捨てるしかないかな」という事態に至っております。
「人格使い捨て」のテーマで書いてた時に実は少し予感はしてたのですが、最低ですね。

ブログ使い捨てが如何に良くないかということを自戒も込めて書いておきます。
そういった考えでは、ブログについて
「これはまあ所詮下書きだから・・・」などと思ってしまい、
「まあいいや、まだ本気出してないし」などという慢心によって、どんどんレベルが低下していきます。


  「ブログは人格です!」

 私はもうここで、このように「断言」しておきます。

「いいんだよ。このように適当に貼り付けて自分参照用にしておけば。利用はするけど利用されたくないもの」
などと嘯いてブログ運用をしていても、心理の奥底などで
「しかしこんなブログだと、ネット上的にも顔向けできないっていうか・・・」と、
そんな負い目を感じるようになってしまうわけです。
「こんなのでいいや」と軽く考えていても、それがブログ文章書き込みという「行為」で体現され、
その程度であっても、その「実際の行動」で人格形成の一部を担ってしまうために
結局はダメージを食らってしまうわけですね。
ブログによって何かを得ようなどといった欲求がある者こそが、自からのブログによってそういった反撃を食らいやすい。
今頃になってそれを実感してるというわけです。

「どうせ誰も読んでないから平気?」 いや、自分で読んでイヤになるから困ってるって訳で・・・


まあ取りあえず、当ブログ建て直し案についても書いておきます。

 ・これまでの日々のブログを全て書き直す。

 しかしこれはちょっと困難すぎるプランかもしれません。
 全部書き直したりすると日々の記録という意味の否定にもなってしまいますしね。


 ・無思慮に近い貼り付けやってゴミ箱的になってるこれまでのブログをそのまま「ゴミ箱」として保存し、
  そこから再解釈的に、そういった記事に「なぜ自分は惹かれたのか」といった自己意識との兼ね合い含めた考察を
  これから綴って、それによって新ブログとして運営していく。

 ・またその場合は、もう少しはマシなデザイン・レイアウト、各種機能を導入すべき。

 

 う~ん、是非とも実施したいと思ったりもするのですが・・・。
このようにすぐに改善プランを出してくるという場合は、プランは出すがそこで満足してしまい
実際には実現されないというパターンも多いようですね。
 まさしくそれがわたくしなわけです。最低ですね。
 まあいいか。よくないんだろうけど。

 といったようなわけで、
3っつまではここでも別ブログ作れるとか聞いてますし、
もうこうなっては、ここを改良・改善するというよりも、そっち方向に展開して、
素知らぬ顔で、新ブログ展開にもっていくかもしれません。

しかし最低ですね。(自分で言ってりゃ世話ないですけど)

 という事でここの更新はなくなるかもしれないし、
またやはり単なる貼り付け用としては自分用には便利だなということで、ちょこちょこ貼っていくかもしれません。

 僅かに存在した見てくださってた方々、ありがとうございました。
 身勝手ながら感謝致しております。ご機嫌よろしゅう。

 

私がこのブログでしたかったこと・・・

私がこのブログでしたかったことは(今頃少しはっきりしたのですが)、

 

1.キャリアポルノからの脱却

2.ブログの有効活用を明確化する

 

これらであったと思えます。

 

 しかし実際は、このように

何か少しでも有効そうだと思えるトピックを散漫に貼り付けてるという、

まさにいい加減極まる「キャリアポルノ」的なブログになってしまってる訳です。

 

上記2については、

こんな何も工夫してない最低なレイアウト仕様であるので、

当然ながらブログによって稼ぐという要素は最初から考えておらず、

どちらかというと「ブログで自己変革できたらいいな」などという目論見でした。

 

しかし余りにいい加減な上に

「り・る」や「し・す」などのタイプミスすら放置。

どう考えても文意が通らないという「文節の欠落」の放置。

などもあって、こんな低レベル放置状態では、何も成果出ないだろうな・・

などと今更ながら思ってます。

(なおタイプミスや文節欠落については気づいても直さず、その後もそのままであり、そういった注意散漫であったという状態の記録にもなってるので、まあいいか。などと自分で勝手にそれらを許容してました。当然現在もそのまま)

 

う~ん、こんなのでは、もうどうしようもないですよね。

自分用に活用できる行動指針となるマニュアルでも作って、

それでこのブログは早期に閉じてしまおうと思ってたのですが、

それら基礎的ミスなども含めて、自分ですら見返す気になれなくなってしまい

こんなダメダメな惨状となってるわけです。

 

日曜日を活用して、根本的にブログ刷新するか、

もしくは気分を改めて新ブログでも始めるべきかもしれないですね。

 

書き散らししてはブログをやめるという行為は

大迷惑でもあるのでしょうが、

実は現在そういった心境であります。

 

 

「相棒」がSF?

  実はこの「相棒」という長期シリーズを殆ど見てません。

  少しは見たことはありますよ。

  脚本はかなり練れてると思いましたが、

  頑張り過ぎというか、よく出来てるが、けれん味が強くて

  不自然さも感じられるよなぁなどと思ってました。

  まあドラマシリーズで長期に高視聴率取るには、

  それくらい工夫して当たり前なんでしょうけどね。

 

  そしてここに来て、もしかしてSF展開か? だそうです。

www.excite.co.jp

 

 

  う~ん、これ煽りの広告記事かもしれませんが・・・・

  もしもこの記事で「非難」されてるように、

  本当に「シュレディンガーの猫」的なテーマでのストーリー展開であるなら、

  それは是非とも見てみたいですね。

 

  それがドラマとして傑作かについては、かなりどうでもよいのですが、

  ここ最近気になってた、

  「人間の認識や解釈によって世界は変わるのか?」というテーマを

  見せてくれそうだからです。

 

    「人間の認識や解釈によって世界は変わるのか?」

 

  かなり滅茶苦茶な話に思えますが、

  実は量子力学の最先端などはもうとっくにそのような解釈に基づいて

  展開しているのだそうです。

 

  だからと言って、すぐにそれが

  「自分の思いは実現する」といった事になるとは思わないのですが。

 

  この「自分の思考(願い)は実現する」というのを基にして

  多くの自己啓発系書籍が書かれてますね。

 

  そのままそれらを信じるつもりはないのですが、

  そこらについて一度はっきりさせてみたいなと思ってます。

 

 

 量子力学的解釈による現実世界認識への介入という事に関しては

 以下で非常にわかり易く解説されてますね。

 けっこう面白いですよ。

 

量子力学 2重スリット実験 - 哲学的な何か、あと科学とか

量子力学 哲学的解釈 - 哲学的な何か、あと科学とか

量子力学 シュレディンガーの猫(2) - 哲学的な何か、あと科学とか